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スペイン・マドリードの旅
マドリード
スペインの行政の中心地(首都)であり、イベリア半島の
経済の中心地の1つである。また、マドリード州の州都でもあり、
マドリード県(マドリード州の唯一の県)の県都でもある。
人口は約313万人で、マドリード首都圏(Madrid Metropolitan
Area)の人口は580万人に上る。EUの都市では、ロンドン、
ベルリンに次いで人口が多く、欧州を代表する世界都市とされる。
また、欧州の首都の中では最も標高が高い。
漢字による当て字は馬徳里。
マドリード王宮
現在宮殿のある場所は、10世紀から『マイリット』(mayrit)と
呼ばれる要塞が立っていた。
マイリットはコルドバ太守モハンマド1世の辺境地として建設され、
1036年のムーア人のトレド王国独立後はムーア人に継承された。
1085年、マドリードがカスティーリャ王アルフォンソ6世によって
陥落すると、非常に希に大邸宅はカスティーリャ王に使用された。
1329年、カスティーリャ王アルフォンソ11世は初めてマドリードに
コルテスを招集した。フェリペ2世は1561年に宮廷をマドリードに
移した。古いアルカサル(Antiguo Alcázar)は、この場所に
16世紀に建てられた。アルカサルは、
1734年12月24日全焼した。フェリペ5世は同じ場所に新たな
宮殿の建設を命じた。建設は1738年から1755年にかけ行われ、
フィリッポ・ユヴァーラとジョヴァンニ・バッティスタ・サンチェッティに
よってベルニーニ風に建てられた。協力したのはベントゥラ・
ロドリゲス、フランチェスコ・サバティーニ、スシメントである。
1764年に新たな宮殿を占有したのは、カルロス3世であった。
王立武具博物館
歴史的に重要性のある王家の収集品のいくつかは宮殿内にあり、
13世紀以降の兵器類を収める王立武具博物館、世界で唯一の
完全なストラディヴァリウスの弦楽四重奏、タペストリー、
磁器類、家具などを含む。
シベレス広場にそびえるマドリード中央郵便局
マヨール広場
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ジンバブエの旅
独裁国家ジンバブエ
アフリカ南部の国家。首都はハラレ。アフリカ大陸の内陸部に
位置し、モザンビーク、ザンビア、ボツワナ、南アフリカに
隣接する。イギリス連邦の元加盟国。現在はロバート・ムガベの
独裁政権下にある。劣悪な経済事情に加えて、秘密警察による
監視や反体制派への暴力など言論の
統制を受けることから「世界最悪の独裁国家」など「北朝鮮」に
劣らないと評される。
ヴィクトリアの滝
ジンバブエ共和国とザンビアの国境にある滝。
ザンベジ川の中流にあり、最大幅が1,700m、最も深い滝壷は
落差が108mある。世界三大瀑布のひとつ。アフリカの現地人に
よって「モシ・オ・トゥニャ」(Mosi-oa-Tunya、雷鳴の轟く水煙の
意)と呼ばれていたこの滝に、1855年、イギリスの探検家
デイヴィッド・リヴィングストンがヨーロッパ人として初めて到達し、
イギリスのヴィクトリア女王にちなんで英称がつけられた。
長い年月の間に川の浸食によって滝の位置は移動しており、
現在の位置の滝は将来なくなってしまうと予想されている。
ジンバブエ遺跡
グレートジンバブエ遺跡
グレートジンバブエの丘
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幸せの国ブータンの旅、隣国にはそうでないところが
ブータン
南アジアにある国家。正式名称はブータン王国。
インドと中国にはさまれている、世界唯一のチベット仏教を
国教とする王国。民族はチベット系8割、ネパール系2割。
公用語はゾンカ語と英語。急速な近代化(欧米化)の中で、
近代化の速度をコントロールしつつ、独自の立場や伝統を
守ろうとする政治に世界的な注目が集まっている。
前国王が提唱した国民総生産にかわる国民総幸福量
(GNH)という概念、さまざまな環境政策、伝統文化保持
(隣国のシッキム王国{現シッキム州}のインドへの併合経緯に
由来する、ブータン族優位政策の一環)のための国民に
対する民族衣装着用の強制などが、近年のスローライフなどの
キーワードと組み合わされて語られる場合も多い。
国旗はかなり複雑なもののひとつで、竜のうろこが細かく書かれている。
国花はメコノプシス=ホリドゥラ、国樹はイトスギ、
国獣はターキン、国鳥はワタリガラス。
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